よく、頑固者とか遊び心が足りないと言われる。私はそんな人間です。
例えばパスタを茹でる時、袋に10分と書いてあれば普通なら10分茹でる。
私は8分や12分の茹で具合が気になるので、それらの時間も試してみる。
逆に他の茹で時間に興味を示さない人たちを不思議に思う。
料理のレシピ。昔ながらの作り方。この通りに作れば美味しくできるだろうが、
私は途中で違った事を試したくなる。よく失敗する。
しかし、その通りにしか作らないのはなんだかつまらなく感じてしまう。
まぁ、要するに人の言う通りするのが嫌なのか、
同じ事を繰り返すのが嫌なのか、
新しいことにチャレンジしたいだけなのか、
そんな感じだと思われる。
ボリビアに来てから、隊員が行わなければならない事が色々あるのを知った。
1年に2回の総会、ほぼ総会とペアになってる分科会と懇親会。
一年に一回発行されるTINKUという隊員が制作する雑誌の編集。
隊員連絡所の管理。
これらはこれまでずっと続いてきており、現在も継続されている。
ハッキリと誰が何をやるのか決めている訳ではないが、暗黙の了解でどの隊次が
何をやるのか決まっている。やらなかったらその隊次は問題児扱いされる(だろう)。
隊員の行事は絶対的な正義を持っており、それに逆らえば逆賊である。
例えば、私はほとんどTINKUという雑誌を読まないので編集する事に全く興味が無いのだが、
編集したいという隊員がいなければ担当する必要がでてくる(幸いやってくれる隊員がいた)。
やりたい人がやればいいのだが、これらは「やりたい」より「やらなければいけない」事に
なっているように感じる。半ば義務のように。
確かに、青年海外協力隊で来ているので、隊員としてやらなければいけないことというのは
たくさんあると思う。しかし、昔からやっているからという理由で何もかもを続けていく事が
本当にいい事なのかは考えなければならない。「やりたい」という気持ちがあるなら、
続けていけばいい。やっちゃダメ、という人はいないのだから。しかし、「やらなければ」
という気持ちで他人を巻き込んで、やらない人を「なんでお前はしないんだ!」と
蔑むような事になってまでする必要があるのかは疑問である。
隊員行事は絶対的正義で反論は許さん、というのはあまり協力隊らしくない。
私の隊次が隊員総会の担当をする事になった際、私は事務所の対応に不満があり、
総会の幹事から手を引いた。しかし、幸いな事に、他の担当者からは苦情はなく、
すんなりと受け入れてくれた。絶対的正義を盾に私を非難する人はいなかった。
たぶん若い人が多かったから? しかし、義務というものを重んじる人は、
協力しない人をよく思わない事が多々ある。本当に自分が正しいのか、それだけが
正義なのか、あまり考えないのだろうと思う。
良くも悪くも、本当の意味で、協力隊隊員に義務というものは存在しない。
管理する組織が無いので、もし隊員たちが何もしない、と決めれば何もなくなる。
空中分解するだけ。それでも、各個人の隊員の活動には支障は出ないだろう。
私も結局、疑問を投げかけるだけで、何も答えは持っていない。
しかし、何も考えないで、ただレールの上を歩くのは好きじゃない。
ただそれだけである。
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