2011年8月9日火曜日

口論?討論?おせっかい? ブログ申請について他の隊員と。

最近ある隊員とよく言い合いをする。周りで見ている他の隊員は
かなり深刻に映るらしいのだが、当人たちは生活の一部に取り込まれて
いるようなものなので、とくにいがみ合っているわけではないのだが。

言い合いになる題はだいたいその隊員の素行や考えに関してで、
私がいろいろと突っ込むと、言い返されるといった感じだ。
まぁ、内容はつまらない事の時が多いのだが。

最近の言い合いは「隊員ブログ」について。

通常、隊員がブログを書く際は事前研修中に申請する事がほとんど。
そのため、任国へ派遣された後に申請する事はあまりない。
しかし、私の担当調整員だった人にブログの事を言うと、「ボリビアでは
再度申請が必要です」と言われた。そのため再度申請した。

2度の申請、これは周知されていないので、ほとんどの隊員は知らない。
調整員にはその事を質問したり、2度申請しなければいけない無駄な
労力について苦言し、改善をお願いした。

話は戻って、最近よく言い合いをするこの隊員はボリビアで申請は
していないと言っていたので、私と調整員とのやり取りを話してみた。
そして、一応調整員に確認をしてみるべきだろうと言ったのだが、、、

その隊員の意見としては、「ボリビア事務所が周知していないのだから
別に申請する必要は無い」、「(私が)改善を要求した後も特に連絡は
無いのだから、事務所もそれで構わないんだろう」。
だから「ブログの申請の確認なんてする必要は無い」と言い切った。

ここで私のスイッチが入り、
「そんな自分の勝手な考えで完結していいもんじゃないだろう」
「事実関係はちゃんと確認してみるべきじゃないか」
と言うと、他の隊員は
「そんなん自分だけやればいいじゃん、私はやらない」
と返ってきた。
「いやいやいや、そういう問題じゃないでしょ。」
「確認ができないならまだしも、確認ができるのに状況から判断してしまうのはまずいでしょ」
と私。そして普段ならこのまま並行して続くのだが、、、

今回はガンガンに言い合いが進む前に同期隊員に止められた。
「あたし疲れてんだから止めて。」
この隊員は、この言い合いが実を結ばないのを知っている。
そうとうどうでもいいと思っている。本人たちと同じぐらい。

その一言で、とりあえず両者振り上げた刀を鞘に戻した。
そして5分後には別の話題で盛り上がってたり。

我々の言い合い、他の隊次の隊員が見るとかなり険悪に映るようで、
本気で心配される。ご迷惑をおかけして申し訳ない。

でも、帰国まで続くのだろうな。



2011年8月6日土曜日

ラパスとエルアルト、近くにある異世界

ラパスは世界で一番高い首都(3600m)として既にご存知の方も多いと思います。
このラパス、年々人口が増加しており、入り切れない人たちが住む場所として
ラパスの崖を登った平地の町エルアルトが年々広がっています。現在までのところ、
エルアルトとラパスの人口比はほぼ同じぐらいだそうです。

Googleマップ(ラパスとエルアルト)
http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ll=-16.506706,-68.176346&spn=0.10764,0.181789&t=h&z=13&brcurrent=3,0x60f4269c63f22175:0x9dcf3fdf1f8d08a,1

Google Earth
http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ll=-16.50763,-68.148145&spn=0.05382,0.090895&t=f&brcurrent=3,0x60f4269c63f22175:0x9dcf3fdf1f8d08a,1&z=14&ecpose=-16.51388532,-68.08434457,10714.1,-84.17,44.892,0

ラパスの中心からエルアルトの入り口 CEJA までは20分~30分の所要時間。
たくさんの人がこの道を往復して仕事に通っています。

私の所属している踊りのチームの人たちも、どこに住んでいるのか聞いてみると
半分はエルアルトに住んでいるとの声が返ってきます。

エルアルトに住むのと、ラパスのエルアルトとは違う方向の外れに住むのと
どちらが安いかと一度聞いてみたことがありますが、相手は笑いながら、
エルアルトは casi nada (ほとんどタダ)だよと言われました。

エルアルトという土地はラパス隊員にとってはほぼ未知の世界です。
空港と有名なフェリアに行くことはあっても、それ以外の場所に用事があって
行くことはまずありません。また、JICAから危険区域に指定されているので、
住むこともできないですし、日が暮れてからの滞在は禁止されています。

ラパスでは特に制限を設けられる事はありませんが、連絡所の出入りは
夜12時までと決められています。以前はルールが無かった事を考えると、
ラパスの治安はエルアルトのそれとは比べものにならないほど良いのでは
ないかと思います。

職場で誰かが、猿を食べるのはどこか、という話をし始めました。
日本では食べないが、中国の一部では猿の脳を食べるらしい、と答え、
そういえばエルアルトでは羊の脳が食べられるよね?と聞いてみると、
誰かが「エルアルトでは何でも食べるよ」と笑いながら言ってました。
軽い冗談ですが、若干の差別発言にも取れる言い方でした。

ちなみにラパスでも何でも食べられます。インド料理、イタリア料理、日本料理、
アルゼンチン料理、などなど、様々な飲食店が存在します。

ついこの間エルアルトに初めてのフードコートができたと新聞に出ていました。
エルアルトにはたくさんの青空食堂があり、20-30ボリもするフードコートが
流行るとは思われなかったのです。しかし、人口増加に伴って、境界に
貧困層ではない層が住み始め、それなりに採算が合うと判断したのでしょう。
ファーストフードが長らく入らなかったこの地で成功すれば、この先もっと
増えてくるかもしれません。

エルアルトは私にとっては、レンガ造りの家が果てしなく広がっている場所
というだけです。オルロ、コチャバンバ、チチカカ湖など遠出をする際に必ず
このエルアルトを通るので、車窓からその景色を眺めます。

たった30分の距離、でもラパスとエルアルトのどちらに住むのかの選択は
とても遠い距離なのです。

死への価値観、日常と非現実 (ボリビアで誕生する命)

「明日死んだら」私はよく意識する。そして明日死んでもいい生き方を意識する。

日本人の平均寿命はとても長い。20歳ぐらいまではあまり葬式に出ることも
ないだろう。少なくとも私はそうだった。死に別れる人はほとんどが70歳以上。
若い自分と死がつながる事を意識する機会は少ない。日本ではそんな事を考えるより、
どうやってもっと効率良く仕事をするか、お金を稼ぐかそんな事で頭はいっぱいだ。

ボリビアでは死への距離は、日本のそれよりも圧倒的に近い。

ウィキペディアより
http://ja.wikipedia.org/wiki/ボリビア
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ユニセフの発表によると、5歳以下で死亡する子供の比率は77/1,000。1歳以下で死亡する子供の比率は60/1,000。 平均寿命は女性64歳、男性61歳、合計63歳。
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子供は死にやすい存在なのだと目に見えてわかる。そして更に未だ、
出産へのリスクは高く、妊産婦の死亡率は高い。この国の現実。

同じボリビアのサンフアンという地に協力隊がいる。彼が書いたブログの
エントリーに、ボリビアでの死へ価値観について語られている。
旅をする木 "el viaje del madero flotante"

ぜひ一度ご一読ください。

。

2011年8月3日水曜日

調整員、健康管理員の帰国、閉ざされた関係

もうすぐ調整員(企画調査員)2名と健康管理員が交代となる。
送別会を行うことになったのだが、このうち2名が参加しない事となった。

今のボリビアJICA事務所とボランティアの状態をよく表しているように思う。

仕事上必要が無ければ、調整員や健康管理員からはほとんど連絡がない。
正直「ボランティアと関係値を上げてもメリット無し」と思っているのだろうと感じる。
業務上の連絡以外は、いつもこちらから。ボランティアの働き具合や
精神状態を時々チェックしたりはしない。

他の国の話を聞くと、決して全ての国がボリビアのようではないみたいだ。
ボリビアは70ヶ国以上の内の一つの国の話だが、全体での調整員、健康管理員と
ボランティアの関係は、どういった感じのが多いのだろうか。少し興味がある。

ちなみに、調整員と健康管理員の方は与えられた仕事はキッチリしてくれる。
そのため、活動でJICAの手助けが必要になった時や、怪我をした時には
滞りなく書類を通してくれた。

日本で普通に務めているのであれば、仕事さえできていれば別にだれも文句は
無いのだろうけれど、ボリビアのこの地で仕事の顔しか見れないのは、
なんだかとても寂しい気がする。

2011年8月2日火曜日

日本人はボリビア人にモテるか?自身での1年半の検証

答えは半分YES、半分NO。

普通に過ごしていると、職場の人以外のボリビア人と接点はできない。
だから、それ以外で友達などが出来ることは無い。自分から何かに
関わりをもつようにしないと、自由な時間ができた時は常に一人である。

最初の一年、協力隊の活動に関連する事以外は何もしてこなかった。
日本文化好きのボリビア人がたくさんいるのだが、そういった人たちとも
関わり合いを持ってこなかった。そのため、ほとんどの自由な時間は
一人で過ごしていた。

そのため、モテるモテないという事は検証するまでもない。ちなみに、
職場は完全男社会。15人中1人が女性で、1児のママ。男はほとんどが
家庭を持っており、家庭を大事にするここボリビアでは、休日を
私と一緒に過ごす相手にはならない。(月イチぐらい) そうすると、
職場の人から女性と知り合うこともない。

町でナンパされる事も、話しかけられる事も無いので、普段の生活の
中からモテるような要素が生まれてくる事はない。

2年目に入り、踊りのチームに所属。最初はあまり外人だからといって
チヤホヤされる事は無かった。でも、オルロの次のグランポデール
ぐらいから、会話量が増え始め、仲良くなり始める。

この頃からなんとなく女性たちとの距離を近く感じるようになるが、
なんというか、友愛的なもののようで、ボリビア男性と変わらない、
そんな感じである。(酒に酔うとほっぺたへのチューがきつくなるが)

普段のチームの集まりで、皆の会話の中に入るには、まだ語学力が足りず、
沈黙している事が多い。(1体1は問題ない)
ボリビアの大学生はFacebookでよくコミュニケーションを取るので
この中ではまぁまぁ会話をしている。

チームには全体で女性が30人以上、普段の練習には毎回変わりながら
10人ぐらいは来る。結構みんなと仲良くさせてもらっている。(と思う)

で、結論、今まで一度も「2人で遊びに」とか「付き合って」とか
言われたことは無い。ボリビアでは女性からアプローチするのは
普通だと言っていたので、特にモテてるわけではない。

しかしながら、35歳のオッサンが20歳そこそこの子たちと違和感なく
会話できるのは日本ではあまり見られない光景だと思う。これは
一種の日本人である特権かもしれない。

そして、憶測の域を超えないが、自分から行動を起こせば、
日本でいるよりは女性と付き合える確率は高いような気がする。

以上が1年半の検証となる。

しかしながら、日本人女性はこの限りではない。

2011年8月1日月曜日

ウニベルシタリア うちのチームが新聞に載ったー

La Razón

このページの5枚目の写真。img5。
http://www.la-razon.com/version.php?ArticleId=134753&EditionId=2607

拡大写真。
http://www.la-razon.com/MULTIMEDIA/PICTURESART/2011/07/30/20110730_29925.jpg

左から
マルタ、ジャミール、ドリー、ロベルトの奥さん、クラウディオ、ソフィア

私は、ソフィアの後ろの後ろ辺り。写らなかった。。。