2年間、行きたい気持ちはいつもありながら、なかなか行かなかったウユニ塩湖。
たくさんの空想を描きながらやっと本当に行ってきたー。
旅をする時は、まったく準備をしない私。今回も何も調べないで行ってきた。
ラパスから3時間半でオルロ。オルロから7時間でウユニの町。
朝9時に出て夜10時半にウユニ。何気に近い。
ウユニの町に着くと宿の呼び込みがいっぱいと聞いていたので、駅を出て待ってみるも
到着した旅人たちはどんどん散っていきやがて私だけに。。。 嘘情報。。。
慌てて宿を探し始める。情報無いので見た目で決めるしかない。
とりあえずホステルだよなぁ。。。 と最初に目に止まった看板の奥へ。
いっぱい。。。
観光シーズンだし、夜10時半だし、当然といえば当然。次へ行こうとした時
同じ宿難民に遭遇。いるのね、俺みたいな、無謀な旅人。。。 一緒に探す事に。
3-4件回ってみるも空いていない。やばー、と思い始めた時、ツアー会社の
オバちゃんが話しかけてきた。宿を紹介してくれるって。そしてツアーにも
参加してーーーって。宿は40ボリで1部屋バス・トイレ共同。まぁまぁ快適。
ツアーはまだよくわかってなかったので断った。
次の日ツアーを探してみるが、その日のツアーはやたらいっぱい。
翌日のウユニ塩湖の塩のホテルに泊まる日程を組んでもらった。480ボリ。
塩のホテルに泊まる目的は、夕暮れ、夕日、夜景、星空、朝焼け、朝日!
そして、2日あれば鏡の世界を見れる可能性も広がる。
自分が見たい景色を見られるのは天候による。運。だからこの地に
何日も滞在する旅行者がいる。絶景を見るために。
私は普段のウユニ塩湖の景色を知らない。でも、私が滞在した時間は
天が与えてくれた恵みだろう、と思えるほど美しかった。
塩湖を歩くと、足の毛に塩が絡まる!放おっておくと玉が大きくなる!
塩の結晶がいっぱい流れている。ピラミッド型で神秘的。自然って面白い!
夕日は絶景!影が美しい!
朝靄チック。フラミンゴがいっぱい飛んでます。
言葉、いらないね。
ただただ美しい。
ここでやるトリックにしては。。。
水がいっぱいでトリックするにはちょっと厳しかったー
きれいー
雲が出てきて、こんなに綺麗に反射!
チリ人美女と ;)
信じられないぐらい観光客がいて、みんなが一箇所に集まるから
お友達ができやすい。ここで1週間友達つくればきっと世界一周できる。
塩のホテル。ティンクの衣装!
同じく塩のホテル。壁は全て塩でできてる。夜は電気無くロウソクで。
ウユニ塩湖、また行きたい。
2012年1月22日日曜日
ハグミー、ハグハグハグハグ
シャイな私がボリビアで最初は抵抗あったけど、今では慣れた事、
それは女性との出会いと別れの挨拶。
「郷に入っては郷に従え」とよく言いますが、確かにこの挨拶の時の
顔を合わせる動作にもシチュエーションによって色々違いがあるのを
知る事ができた。
1年を過ぎると、顔なじみも増える。カリーニョ(親愛?)を持って接する
人たちがたくさんになる。そうするとこれまでほっぺたベソ(チュ)が
ノーマルだったのが、ベソ→ハグ→ベソのパターンになる。
ちなみに男も、握手→ハグ又は肩を叩き合う→握手になる。
毎日顔を合わせてる仕事の仲間とはそこまではしないのだが、
週明けとかはやったりする。
最近、このハグに慣れてしまって、日本人にもしてしまいそうになる。
あ、ちなみに、相手が自分みたいに慣れ慣れだとそういう挨拶します。
でも、不思議なもので、そういう習慣が無いところで知り合った人は
2年近くボリビアに一緒にいながら、一度も南米流の挨拶をしたことがない。
日本でながらく、女性に触れる事すら抵抗があった自分にとって、
(あ、KTCでは少しハグらせてもらったが)南米に来てからの変化は
かなり大きい。
日本に帰って同じ挨拶したら、セクハラおやじとして叩かれるんだろうなぁ。。。
それは女性との出会いと別れの挨拶。
「郷に入っては郷に従え」とよく言いますが、確かにこの挨拶の時の
顔を合わせる動作にもシチュエーションによって色々違いがあるのを
知る事ができた。
1年を過ぎると、顔なじみも増える。カリーニョ(親愛?)を持って接する
人たちがたくさんになる。そうするとこれまでほっぺたベソ(チュ)が
ノーマルだったのが、ベソ→ハグ→ベソのパターンになる。
ちなみに男も、握手→ハグ又は肩を叩き合う→握手になる。
毎日顔を合わせてる仕事の仲間とはそこまではしないのだが、
週明けとかはやったりする。
最近、このハグに慣れてしまって、日本人にもしてしまいそうになる。
あ、ちなみに、相手が自分みたいに慣れ慣れだとそういう挨拶します。
でも、不思議なもので、そういう習慣が無いところで知り合った人は
2年近くボリビアに一緒にいながら、一度も南米流の挨拶をしたことがない。
日本でながらく、女性に触れる事すら抵抗があった自分にとって、
(あ、KTCでは少しハグらせてもらったが)南米に来てからの変化は
かなり大きい。
日本に帰って同じ挨拶したら、セクハラおやじとして叩かれるんだろうなぁ。。。
2011年12月29日木曜日
ボリビア国家機関の年末休暇
去年も今年も変わらず年末は活動先にいる。
残り3ヶ月のうち1ヶ月ほど旅行に出てみたいところだが、まだ計画は白紙。
この活動先である国立統計院に来てから思うのは、国民的休日が少ない事。
日本のゴールデンウィーク、夏季休暇、年末のような1週間程度の休みが無い。
12月は26日が24日(クリスマス休日、土曜)の代わりに休みに、また1月は2日が
1日(新年休日、日曜)の代わりに休みになっただけで、その他は通常通り。
では長期休暇は無いのかというとそうではなく、有給を使うことになる。
統計院では年2回、2週間の連続した休暇を取る事が許されている。
これを年末と夏季(ボリビアでは乾季)に使う人が多い。日本のように
みんな一斉にではなく、一つの部署から人が居なくならないよう
ある程度時期がかぶらないようにする。学校の休暇も長いので、
それで上手く回ってるようだ。
現在の技術部の様子はというと、約1/3が休暇を取っており、入れ替わりで
1月半ばぐらいまではそんな状態が続く。
ボランティアの休暇は活動先が許せば無限に申請する事ができる。
実際、職員よりもかなり緩いと思う。未だ長期休暇は申請したことは
無いのだが、他の隊員の話を聞いたりするとそうだし、これまで
体調不良のための休みや歯科目的の早退などを申請すると、
あっさりと許可してもらえている。
この2年間でたぶん30日以上そういった関連で普通の日に休んでる。
来た当初は本当に酷かった。
去年の年末はガソリン値上げ問題でJICA事務所から自宅待機と命令され、
ラパスに同期を迎える予定が、1人で寂しく新年を祝う事になった。
今年は踊りのメンバーと過ごす予定で、ボリビア流を見ることができそう。
残り3ヶ月のうち1ヶ月ほど旅行に出てみたいところだが、まだ計画は白紙。
この活動先である国立統計院に来てから思うのは、国民的休日が少ない事。
日本のゴールデンウィーク、夏季休暇、年末のような1週間程度の休みが無い。
12月は26日が24日(クリスマス休日、土曜)の代わりに休みに、また1月は2日が
1日(新年休日、日曜)の代わりに休みになっただけで、その他は通常通り。
では長期休暇は無いのかというとそうではなく、有給を使うことになる。
統計院では年2回、2週間の連続した休暇を取る事が許されている。
これを年末と夏季(ボリビアでは乾季)に使う人が多い。日本のように
みんな一斉にではなく、一つの部署から人が居なくならないよう
ある程度時期がかぶらないようにする。学校の休暇も長いので、
それで上手く回ってるようだ。
現在の技術部の様子はというと、約1/3が休暇を取っており、入れ替わりで
1月半ばぐらいまではそんな状態が続く。
ボランティアの休暇は活動先が許せば無限に申請する事ができる。
実際、職員よりもかなり緩いと思う。未だ長期休暇は申請したことは
無いのだが、他の隊員の話を聞いたりするとそうだし、これまで
体調不良のための休みや歯科目的の早退などを申請すると、
あっさりと許可してもらえている。
この2年間でたぶん30日以上そういった関連で普通の日に休んでる。
来た当初は本当に酷かった。
去年の年末はガソリン値上げ問題でJICA事務所から自宅待機と命令され、
ラパスに同期を迎える予定が、1人で寂しく新年を祝う事になった。
今年は踊りのメンバーと過ごす予定で、ボリビア流を見ることができそう。
2011年12月27日火曜日
ボリビアでは戦争を意識する事は無い
世界では今もなお戦争は起こり、火種は様々なところに潜んでいる。
戦争が起きている国は悲惨だ。人々はまるで存在価値が無のように扱われる。
人権など無い、あらゆる「やってはいけない」と教えられた事が行われる。
最近戦争に関する映画を見た。
El señor de la guerra (Lord of War)
ニコラス・ケイジが主演のソビエト連邦崩壊前後の武器密輸の話。
5 Dias de Guerra (5 Days of War)
グルジア紛争の話。
中東、旧ソ連、アフリカなどはいつも何かが起こっている。
鉱物、燃料など利権が絡む物が取れる国は多くの国がちょっかいを出してくる。
資源の無い国は誰も絡まず放置。
南米では、中米に近い場所を除き、戦争の火種というものは無いように感じる。
ボリビアが隣国、ペルー、ブラジル、チリ、アルゼンチン、パラグアイと
戦争が始まるようには思えない。昔の戦争の話はよく聞くが。
南米で一番貧しいと言われるボリビアだが、アルゼンチン、ブラジルに大量の
ガスを輸出し、今も鉛を中心に鉱物の輸出が盛んで、ウユニ塩湖には次期の収入の
中心となるであろうリチウムが大量に埋まっている。昔であれば、これらの資源を
狙い周辺各国が動く可能性もあるだろうが、現代ではもう戦争を仕掛ける
きっかけも無いだろう。
内紛も起こる雰囲気はない。政治色の強い国ではあるが、弾圧されるほどの事は無く、
国民は色々不満を言いながらも、それほど自分の生活が悪いとは感じていない。
時々、団体が道路いっぱいに居座って集会を行うこともあり、そういうったことで
フラストレーションを発散しているのだろう。もし、集会を弾圧すれば政権が
すぐに崩壊してしまうだろうというのは、これまでの様々な集会を見てきてわかった。
何か政府に対して言いたいことがある時、大規模な集会で訴える。これが確立されている。
戦争は人間がこうして生きるべき、というのを一時的に全て覆す。
戦争から返ってきた人間の多くは、現地での経験の後遺症に悩まされる。
ボリビアには今、戦争になりそうな事は見えない。
JICAボランティアは戦争が起きている国には派遣されない。
しかし、その隣国に派遣される事はありうる。もし、紛争が隣国に影響を及ぼす
可能性があれば、活動は難しいものになる。そういった心配がないボリビアは
ボランティアとして派遣される途上国の中では恵まれている方なのかもしれない。
戦争が起きている国は悲惨だ。人々はまるで存在価値が無のように扱われる。
人権など無い、あらゆる「やってはいけない」と教えられた事が行われる。
最近戦争に関する映画を見た。
El señor de la guerra (Lord of War)
ニコラス・ケイジが主演のソビエト連邦崩壊前後の武器密輸の話。
5 Dias de Guerra (5 Days of War)
グルジア紛争の話。
中東、旧ソ連、アフリカなどはいつも何かが起こっている。
鉱物、燃料など利権が絡む物が取れる国は多くの国がちょっかいを出してくる。
資源の無い国は誰も絡まず放置。
南米では、中米に近い場所を除き、戦争の火種というものは無いように感じる。
ボリビアが隣国、ペルー、ブラジル、チリ、アルゼンチン、パラグアイと
戦争が始まるようには思えない。昔の戦争の話はよく聞くが。
南米で一番貧しいと言われるボリビアだが、アルゼンチン、ブラジルに大量の
ガスを輸出し、今も鉛を中心に鉱物の輸出が盛んで、ウユニ塩湖には次期の収入の
中心となるであろうリチウムが大量に埋まっている。昔であれば、これらの資源を
狙い周辺各国が動く可能性もあるだろうが、現代ではもう戦争を仕掛ける
きっかけも無いだろう。
内紛も起こる雰囲気はない。政治色の強い国ではあるが、弾圧されるほどの事は無く、
国民は色々不満を言いながらも、それほど自分の生活が悪いとは感じていない。
時々、団体が道路いっぱいに居座って集会を行うこともあり、そういうったことで
フラストレーションを発散しているのだろう。もし、集会を弾圧すれば政権が
すぐに崩壊してしまうだろうというのは、これまでの様々な集会を見てきてわかった。
何か政府に対して言いたいことがある時、大規模な集会で訴える。これが確立されている。
戦争は人間がこうして生きるべき、というのを一時的に全て覆す。
戦争から返ってきた人間の多くは、現地での経験の後遺症に悩まされる。
ボリビアには今、戦争になりそうな事は見えない。
JICAボランティアは戦争が起きている国には派遣されない。
しかし、その隣国に派遣される事はありうる。もし、紛争が隣国に影響を及ぼす
可能性があれば、活動は難しいものになる。そういった心配がないボリビアは
ボランティアとして派遣される途上国の中では恵まれている方なのかもしれない。
2011年12月23日金曜日
ボリビアのクリスマスの変わった行事
活動先はラパスのメインスタジアムのすぐ側にある。
今日、職場へ行くとながーーーーい行列がスタジアムに向かってできていた。
この日は、貧しい家庭の子供たちにおもちゃを配るイベントの日だった。
スタジアムには2万人ほどの家族が入ったんじゃないかと思う。
おもちゃはだいたい人形とか20-30cmぐらいの車だとか、高くはないが、
安くもない感じの物が多い。
初めて見た時は、クリスマスってすごいな、と思ったものだ。
明日は24日。去年は職場の同僚の家にお呼ばれした。
今年は踊りの仲間の知り合いの家にお呼ばれする。
日本のそれとは大きな違い。
今日、職場へ行くとながーーーーい行列がスタジアムに向かってできていた。
この日は、貧しい家庭の子供たちにおもちゃを配るイベントの日だった。
スタジアムには2万人ほどの家族が入ったんじゃないかと思う。
おもちゃはだいたい人形とか20-30cmぐらいの車だとか、高くはないが、
安くもない感じの物が多い。
初めて見た時は、クリスマスってすごいな、と思ったものだ。
明日は24日。去年は職場の同僚の家にお呼ばれした。
今年は踊りの仲間の知り合いの家にお呼ばれする。
日本のそれとは大きな違い。
国立統計院で働く人たち (ちなみに国の機関ですよ)
国立統計院はボリビア全土の様々な分野における統計を扱っている。
全体で400人ほどがコアで働いている、ボリビアでは大きな機関である。
ある種のリサーチをする時は、大量のアルバイトを雇用する。
その機関のテクニコ、すなわち技術部に私は席を置いている。
そこで、ほぼ何でも屋的な事をやっていたのだが、今は何もしていない。
毎日来ては、自分の席でただ一日が過ぎるのを待つ日々が続いている。
残り丁度3ヶ月、どう行動していくのか、考えなければならない。
配属された当初、部署のトップが私のカウンターパートだった。
彼にこれまで仕事でしてきた事のリスト、履歴書の様な物を求められ、
それを元に私がここで何をするのかを決めるようだった。
初っ端から技術の移転などは求められておらず、一人の働き手として、
その部署で働く人の一人としての働きが求められるようだった。
そして、部署には素晴らしい才能を持った人たちがいた。
働き始めてから、ちょくちょく雇用や解雇の話を聞いていた。
技術部でなく、人事部やあちこちたくさんの部署で。
ボリビアではよくある事と聞かされていたが、その中に知り合いは
一人もいなかったので、あまりピンときていなかった。
ところが、今年始め、活動が始まってから8ヶ月が経ち、
カウンターパートが来なくなった。隣の席の同僚に聞くと「辞めた」と。
私は知らされていなかったが、辞める際は、2週間前ぐらいに言うらしい。
重要なポジションでなければ1日2日前でもいいらしい。
初めての知り合いの、しかもカウンターパートの退職。動揺した。
しかし、次にカウンターパートになったのは、私がとても優秀だと
感じていた同い年の同僚。人望、性格、能力すべて申し分なく、
部署のトップになるのではないかと思っていた。
そんな折、国立統計院のトップが変わり、それに伴った大量退職が始まった。
トップが変わると、各部署のトップもほぼ入れ替わるらしい。
まるで野球の監督が変わったらコーチも総入れ替えのような感じ。
前のカウンターパートはきっとそれを予期していて、先に辞めたのだろう。
約9ヶ月間、技術部のトップは不在だった。上層部が決められなかったから。
カウンターパートが適任だと誰もが思っており、本人もやる気はあったようだが、
最後までトップ代理だった。
カウンターパートは10月に辞めた。部署トップにはなれないと悟ったのだろう。
他の同僚が新たなカウンターパートとなったが、既にカウンターパートとして
機能はしておらず、ただの同僚だった。
統計院のトップが変わってからたくさん辞め、たくさん雇用された。
そして、11月終わり、部署に新たなトップがやってきた。そして再び、
履歴書のような物の提出を求められた。仕切り直し、らしい。
しかし、小さな仕事以外の、具体的な長期プランの仕事の申し入れはなく、
現在まで至る。12月は様子見のような時期なのか、もう何も無いのか。
ついこの間までアルバイトで3ヶ月ほど雇われていた2人がいた。
おもに雑用係で、PCの掃除などをやっていた。通常ならフルで使われるのだが、
例えば他の部署が忙しくて掃除をさせてもらえなかったら、一日中PCの前で
座っているだけで終わっていた。時間を潰すだけ。そんな折り合いの
つかない日が多分1/3はあったと思う。
長年働いている人もそれなりにいる。20年、30年同じように働いている人。
それらの人は部署のトップにはなれない。それもと、トップに
なりたくない人が残っているのだろうか。
なんだかとんでもない物を見せられてる気がする。
そしてそれでも何とかなるのだと。
少なくともこれまでは。
全体で400人ほどがコアで働いている、ボリビアでは大きな機関である。
ある種のリサーチをする時は、大量のアルバイトを雇用する。
その機関のテクニコ、すなわち技術部に私は席を置いている。
そこで、ほぼ何でも屋的な事をやっていたのだが、今は何もしていない。
毎日来ては、自分の席でただ一日が過ぎるのを待つ日々が続いている。
残り丁度3ヶ月、どう行動していくのか、考えなければならない。
配属された当初、部署のトップが私のカウンターパートだった。
彼にこれまで仕事でしてきた事のリスト、履歴書の様な物を求められ、
それを元に私がここで何をするのかを決めるようだった。
初っ端から技術の移転などは求められておらず、一人の働き手として、
その部署で働く人の一人としての働きが求められるようだった。
そして、部署には素晴らしい才能を持った人たちがいた。
働き始めてから、ちょくちょく雇用や解雇の話を聞いていた。
技術部でなく、人事部やあちこちたくさんの部署で。
ボリビアではよくある事と聞かされていたが、その中に知り合いは
一人もいなかったので、あまりピンときていなかった。
ところが、今年始め、活動が始まってから8ヶ月が経ち、
カウンターパートが来なくなった。隣の席の同僚に聞くと「辞めた」と。
私は知らされていなかったが、辞める際は、2週間前ぐらいに言うらしい。
重要なポジションでなければ1日2日前でもいいらしい。
初めての知り合いの、しかもカウンターパートの退職。動揺した。
しかし、次にカウンターパートになったのは、私がとても優秀だと
感じていた同い年の同僚。人望、性格、能力すべて申し分なく、
部署のトップになるのではないかと思っていた。
そんな折、国立統計院のトップが変わり、それに伴った大量退職が始まった。
トップが変わると、各部署のトップもほぼ入れ替わるらしい。
まるで野球の監督が変わったらコーチも総入れ替えのような感じ。
前のカウンターパートはきっとそれを予期していて、先に辞めたのだろう。
約9ヶ月間、技術部のトップは不在だった。上層部が決められなかったから。
カウンターパートが適任だと誰もが思っており、本人もやる気はあったようだが、
最後までトップ代理だった。
カウンターパートは10月に辞めた。部署トップにはなれないと悟ったのだろう。
他の同僚が新たなカウンターパートとなったが、既にカウンターパートとして
機能はしておらず、ただの同僚だった。
統計院のトップが変わってからたくさん辞め、たくさん雇用された。
そして、11月終わり、部署に新たなトップがやってきた。そして再び、
履歴書のような物の提出を求められた。仕切り直し、らしい。
しかし、小さな仕事以外の、具体的な長期プランの仕事の申し入れはなく、
現在まで至る。12月は様子見のような時期なのか、もう何も無いのか。
ついこの間までアルバイトで3ヶ月ほど雇われていた2人がいた。
おもに雑用係で、PCの掃除などをやっていた。通常ならフルで使われるのだが、
例えば他の部署が忙しくて掃除をさせてもらえなかったら、一日中PCの前で
座っているだけで終わっていた。時間を潰すだけ。そんな折り合いの
つかない日が多分1/3はあったと思う。
長年働いている人もそれなりにいる。20年、30年同じように働いている人。
それらの人は部署のトップにはなれない。それもと、トップに
なりたくない人が残っているのだろうか。
なんだかとんでもない物を見せられてる気がする。
そしてそれでも何とかなるのだと。
少なくともこれまでは。
2011年12月19日月曜日
翻訳 (障害者たちは、ラパスへの行進の再会を期待する)
Los Tiempos
http://www.lostiempos.com/diario/actualidad/nacional/20111216/discapacitados-preven-reanudar-esta-jornada-marcha-hacia-la_153596_319393.html
Discapacitados prevén reanudar esta jornada marcha hacia La Paz
Discapacitados 障害者
prevén 予想する、期待する
reanudar 再開する
障害者たちは、ラパスへの行進の再会を期待する
----------------------------------------------------------------------------------------------------
障害者のリーダー、Juan José Vera は金曜、3000ボリビアーノス(約430ドル)の年間障害者手当を求めるラパスへの行進を再会する準備ができていると述べた。
Vera は Bolivisión(テレビ局) に、この圧力は今後、政府の拒否を要求の受け入れへと急進されることになる、と話した。
リーダは、セクターが要求している手当は障害のため働けない人だけに対してであるとした。「私は手当は必要ないが、仲間の多くは必要としている」と続けた。
しかしながら、TVB(テレビ局)によると、la ministra de Transparencia (透明大臣?業務を透明化する省だと思われる)の Nardy SuxoNardy Suxo は、これらの人々は政治目的に使われていると非難した。
また、エボ・モラレス大統領やアルバロ・ガルシア副大統領の各自が言うように、障碍者手当てに予算を割り当てるのは不可能であり、それは他のセクターから予算を引くことを意味する。
しかし、モラレスはセクターコーディネーターたちに対し、延期された選挙の党の補助金である4000万ボリビアーノスを基にプロジェクトベースで作業するよう指示を出した。
El dirigente de las personas con discapacidad, Juan José Vera, informó el viernes que durante esta jornada tienen previsto reanudar la marcha con dirección a la ciudad de La Paz, en demanda del pago de un bono de 3.000 bolivianos.
Vera, en contacto con Bolivisión, manifestó que las medidas de presión se irán radicalizando en los siguientes días, ante la negativa del Gobierno de acceder a su petición.
radicalizando 急進する
petición 要求する
El dirigente aclaró que el bono que demanda su sector sólo está destinado a aquellas personas que por su incapacidad física no pueden trabajar. "Yo no necesito el bono, pero muchos de mis compañeros sí", dijo.
Sin embargo, la ministra de Transparencia, Nardy Suxo, según TVB, denunció que este grupo de personas está siendo "utilizado" por sus dirigentes con fines políticos.
denunció 非難した、通知した
Asimismo, tanto el presidente Evo Morales como el vicepresidente Álvaro García, afirmaron, por separado, que es imposible disponer de recursos económicos para asumir el pago de dicho bono, pues esto significaría restar ingresos a otros sectores.
restar 引く
Empero, Morales, pidió al sector organizarse en una coordinadora para trabajar conjuntamente en proyectos que los beneficien con una base económica de 40 millones de bolivianos, provenientes de la subvención a partidos políticos en época electoral que quedó suspendida.
Empero しかし、しかしながら
http://www.lostiempos.com/diario/actualidad/nacional/20111216/discapacitados-preven-reanudar-esta-jornada-marcha-hacia-la_153596_319393.html
Discapacitados prevén reanudar esta jornada marcha hacia La Paz
Discapacitados 障害者
prevén 予想する、期待する
reanudar 再開する
障害者たちは、ラパスへの行進の再会を期待する
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障害者のリーダー、Juan José Vera は金曜、3000ボリビアーノス(約430ドル)の年間障害者手当を求めるラパスへの行進を再会する準備ができていると述べた。
Vera は Bolivisión(テレビ局) に、この圧力は今後、政府の拒否を要求の受け入れへと急進されることになる、と話した。
リーダは、セクターが要求している手当は障害のため働けない人だけに対してであるとした。「私は手当は必要ないが、仲間の多くは必要としている」と続けた。
しかしながら、TVB(テレビ局)によると、la ministra de Transparencia (透明大臣?業務を透明化する省だと思われる)の Nardy SuxoNardy Suxo は、これらの人々は政治目的に使われていると非難した。
また、エボ・モラレス大統領やアルバロ・ガルシア副大統領の各自が言うように、障碍者手当てに予算を割り当てるのは不可能であり、それは他のセクターから予算を引くことを意味する。
しかし、モラレスはセクターコーディネーターたちに対し、延期された選挙の党の補助金である4000万ボリビアーノスを基にプロジェクトベースで作業するよう指示を出した。
El dirigente de las personas con discapacidad, Juan José Vera, informó el viernes que durante esta jornada tienen previsto reanudar la marcha con dirección a la ciudad de La Paz, en demanda del pago de un bono de 3.000 bolivianos.
Vera, en contacto con Bolivisión, manifestó que las medidas de presión se irán radicalizando en los siguientes días, ante la negativa del Gobierno de acceder a su petición.
radicalizando 急進する
petición 要求する
El dirigente aclaró que el bono que demanda su sector sólo está destinado a aquellas personas que por su incapacidad física no pueden trabajar. "Yo no necesito el bono, pero muchos de mis compañeros sí", dijo.
Sin embargo, la ministra de Transparencia, Nardy Suxo, según TVB, denunció que este grupo de personas está siendo "utilizado" por sus dirigentes con fines políticos.
denunció 非難した、通知した
Asimismo, tanto el presidente Evo Morales como el vicepresidente Álvaro García, afirmaron, por separado, que es imposible disponer de recursos económicos para asumir el pago de dicho bono, pues esto significaría restar ingresos a otros sectores.
restar 引く
Empero, Morales, pidió al sector organizarse en una coordinadora para trabajar conjuntamente en proyectos que los beneficien con una base económica de 40 millones de bolivianos, provenientes de la subvención a partidos políticos en época electoral que quedó suspendida.
Empero しかし、しかしながら
2011年12月14日水曜日
翻訳 (エルアルトにて、4日間で3人が首絞め強盗に殺された)
Página Siete
http://www.paginasiete.bo/2011-12-14/Nacional/Destacados/37Seg00114-01.aspx
En El Alto cogoteros matan a tres personas en cuatro días
エルアルトにて、4日間で3人が首絞め強盗に殺された。(直訳なら「首絞め強盗が3人を殺した」なんでしょうけど、日本の新聞だったら殺された方が主語になりますよね?)
Los investigadores aún no dan con los autores
Las víctimas aparecieron en terrenos baldíos. La Policía no descarta que se trate de una misma banda.
捜査班はまだ犯人の特定していない。
犠牲者は空き地で見つかる。警察は同一グループの犯行とみている。
----------------------------------------------------------------------------------------------------
警察は昨日、エルアルトで首絞め強盗グループの被害者とみられる25歳の男性の死体を発見した。
警察に発見された首絞めにあった痕跡が残る死体は、週末から数えて、これで3件目のケースとなる。月曜に76歳の女性と25-30歳ほどの若い男性が被害にあっている。
エルアルト地区の特別警察(直訳で「犯罪と闘う当局スペシャルフォース」)(FELCC)は公式コメントとして、首に血のスジがある男性遺体を運ぶため、殺人課と検察がエルアルトのParcopataに設置された。遺体は空き地で見つかったと補完した。
続きは各自で。
La Policía de El Alto halló ayer el cadáver de un joven de 25 años que supuestamente fue víctima de una banda de cogoteros.
Este es el tercer caso, desde el fin de semana, de personas fallecidas que fueron halladas por la Pólicía con signos de haber sido cogoteadas. El lunes fueron una mujer de 76 años y otro joven, entre 25 y 30 años.
Autoridades de la Fuerza Especial de Lucha Contra el Crimen (FELCC) de la urbe alteña informaron oficialmente que personal de homicidios y del laboratorio técnico científico se constituyeron en la localidad de Parcopata, aledaña a El Alto, para proceder al levantamiento legal de un cadáver de sexo masculino, que presentaba un surco equimótico en la región del cuello. El informe complementó que el cuerpo sin vida se encontraba en un terreno baldío.
----------------------------------------------------------------------------------------------------
Hasta ayer, la persona que se encuentra en la morgue del Hospital de Clínicas no había sido identificada por sus familiares.
El primer hallazgo se produjo en la zona San Luis Pampa, donde policías de la división Homicidios hicieron el levantamiento del cadáver de una comerciante de 76 años de edad, a la que sus agresores golpearon antes de asesinarla sin compasión.
La víctima fue identificada por sus familiares, quienes aseguraron que no tenía ningún enemigo, ni persona con la que tenía algún problema.
El segundo caso se registró poco después, en la zona Villa Bolívar Municipal, donde en otro terreno baldío los policías encontraron el cuerpo del joven.
Esta víctima tenía características similares a la señora, con un surco equimótico en el cuello.
Los tres casos se encuentran en estado de investigación. La Policía realiza un intenso rastrillaje, no se descarta que podría tratarse de la misma banda.
Anunciaron ayer que las indagaciones están adelantadas y que se sigue de cerca la pista de los autores, sin embargo, los avances se mantienen en reserva para no alertar a los delincuentes. Por la tarde, otro grupo de delincuentes ingresaron a un domicilio y se llevaron 30.000 dólares y 3.000 bolivianos.
http://www.paginasiete.bo/2011-12-14/Nacional/Destacados/37Seg00114-01.aspx
En El Alto cogoteros matan a tres personas en cuatro días
エルアルトにて、4日間で3人が首絞め強盗に殺された。(直訳なら「首絞め強盗が3人を殺した」なんでしょうけど、日本の新聞だったら殺された方が主語になりますよね?)
Los investigadores aún no dan con los autores
Las víctimas aparecieron en terrenos baldíos. La Policía no descarta que se trate de una misma banda.
捜査班はまだ犯人の特定していない。
犠牲者は空き地で見つかる。警察は同一グループの犯行とみている。
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警察は昨日、エルアルトで首絞め強盗グループの被害者とみられる25歳の男性の死体を発見した。
警察に発見された首絞めにあった痕跡が残る死体は、週末から数えて、これで3件目のケースとなる。月曜に76歳の女性と25-30歳ほどの若い男性が被害にあっている。
エルアルト地区の特別警察(直訳で「犯罪と闘う当局スペシャルフォース」)(FELCC)は公式コメントとして、首に血のスジがある男性遺体を運ぶため、殺人課と検察がエルアルトのParcopataに設置された。遺体は空き地で見つかったと補完した。
続きは各自で。
La Policía de El Alto halló ayer el cadáver de un joven de 25 años que supuestamente fue víctima de una banda de cogoteros.
Este es el tercer caso, desde el fin de semana, de personas fallecidas que fueron halladas por la Pólicía con signos de haber sido cogoteadas. El lunes fueron una mujer de 76 años y otro joven, entre 25 y 30 años.
Autoridades de la Fuerza Especial de Lucha Contra el Crimen (FELCC) de la urbe alteña informaron oficialmente que personal de homicidios y del laboratorio técnico científico se constituyeron en la localidad de Parcopata, aledaña a El Alto, para proceder al levantamiento legal de un cadáver de sexo masculino, que presentaba un surco equimótico en la región del cuello. El informe complementó que el cuerpo sin vida se encontraba en un terreno baldío.
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Hasta ayer, la persona que se encuentra en la morgue del Hospital de Clínicas no había sido identificada por sus familiares.
El primer hallazgo se produjo en la zona San Luis Pampa, donde policías de la división Homicidios hicieron el levantamiento del cadáver de una comerciante de 76 años de edad, a la que sus agresores golpearon antes de asesinarla sin compasión.
La víctima fue identificada por sus familiares, quienes aseguraron que no tenía ningún enemigo, ni persona con la que tenía algún problema.
El segundo caso se registró poco después, en la zona Villa Bolívar Municipal, donde en otro terreno baldío los policías encontraron el cuerpo del joven.
Esta víctima tenía características similares a la señora, con un surco equimótico en el cuello.
Los tres casos se encuentran en estado de investigación. La Policía realiza un intenso rastrillaje, no se descarta que podría tratarse de la misma banda.
Anunciaron ayer que las indagaciones están adelantadas y que se sigue de cerca la pista de los autores, sin embargo, los avances se mantienen en reserva para no alertar a los delincuentes. Por la tarde, otro grupo de delincuentes ingresaron a un domicilio y se llevaron 30.000 dólares y 3.000 bolivianos.
翻訳 (極度の貧困がボリビアでは存続する)
El Diario
http://www.eldiario.net/noticias/2011/2011_12/nt111214/0_01ptd.php
En Bolivia persiste la extrema pobreza
極度の貧困がボリビアでは存続する
• Yoriko Yasukawa sostiene que se debe impulsar el desarrollo humano, junto a la equidad y protección del medio ambiente.
Yoriko Yasukawa は公正、環境保護と共に人間開発が促進されなければならないと訴えかける。
----------------------------------------------------------------------------------------------------
ボリビアは未だ高く推移している貧困の指数を下げなければならない。人間開発の報告書によると、520万人が劣悪な環境に住み、270万人が極貧の状態で生きている。さらに、教育や環境保護に関しても改善を示唆している。
国連常駐コーディネーターであり、PNUDボリビアの常駐代表である Yoriko Yasukawa は政府当局に対しこの比率を改善するため、ドキュメントに示された国内各所の人間開発の例を取ることを勧めた。
また、4分の1が小学校を終えず、2分の1が高校を卒業せず、そして1万4千人が1歳の誕生日を迎えずに死亡しているとした。
Bolivia debe bajar los índices de pobreza que aún se encuentran muy altos, ya que 5.2 millones de personas viven en mala situación y 2.7 millones viven en ese estado de manera extrema, según revela el informe sobre Desarrollo Humano, que además sugiere mejoras en cuanto a la educación y la protección al medio ambiente.
La Coordinadora Residente de las Naciones Unidas y representante residente del PNUD en Bolivia, Yoriko Yasukawa, recomendó a las autoridades gubernamentales tomar el ejemplo de desarrollo humano de países de la región con la finalidad de mejorar los índices que se presentan en el mencionado documento.
Asimismo, sostiene que casi la cuarta parte de los niños y niñas no termina la primaria, la mitad no termina la secundaria y casi 14 mil mueren anualmente antes de cumplir un año.
http://www.eldiario.net/noticias/2011/2011_12/nt111214/0_01ptd.php
En Bolivia persiste la extrema pobreza
極度の貧困がボリビアでは存続する
• Yoriko Yasukawa sostiene que se debe impulsar el desarrollo humano, junto a la equidad y protección del medio ambiente.
Yoriko Yasukawa は公正、環境保護と共に人間開発が促進されなければならないと訴えかける。
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ボリビアは未だ高く推移している貧困の指数を下げなければならない。人間開発の報告書によると、520万人が劣悪な環境に住み、270万人が極貧の状態で生きている。さらに、教育や環境保護に関しても改善を示唆している。
国連常駐コーディネーターであり、PNUDボリビアの常駐代表である Yoriko Yasukawa は政府当局に対しこの比率を改善するため、ドキュメントに示された国内各所の人間開発の例を取ることを勧めた。
また、4分の1が小学校を終えず、2分の1が高校を卒業せず、そして1万4千人が1歳の誕生日を迎えずに死亡しているとした。
Bolivia debe bajar los índices de pobreza que aún se encuentran muy altos, ya que 5.2 millones de personas viven en mala situación y 2.7 millones viven en ese estado de manera extrema, según revela el informe sobre Desarrollo Humano, que además sugiere mejoras en cuanto a la educación y la protección al medio ambiente.
La Coordinadora Residente de las Naciones Unidas y representante residente del PNUD en Bolivia, Yoriko Yasukawa, recomendó a las autoridades gubernamentales tomar el ejemplo de desarrollo humano de países de la región con la finalidad de mejorar los índices que se presentan en el mencionado documento.
Asimismo, sostiene que casi la cuarta parte de los niños y niñas no termina la primaria, la mitad no termina la secundaria y casi 14 mil mueren anualmente antes de cumplir un año.
翻訳 (2012年の国勢調査は携帯と健康保険の所持を質問)
Página Siete
http://www.paginasiete.bo/2011-12-14/Sociedad/Destacados/34soc01-141211.aspx
Censo 2012 consultará tenencia de celular y de seguro de salud
2012年の国勢調査は携帯と健康保険の所持を質問
Se incluyeron siete nuevas preguntas con relación a 2001
La propuesta censal consta de 62 preguntas; en 2001 fueron 55. El tiempo para empadronar será de 20 a 30 minutos por familia, según cálculos del INE.
empadronar 国勢調査を書く
2001年の時と比べ7つの新しい質問が含まれる
国勢調査は62の質問で構成されている:2001年は55。INEの計算によると、国勢調査に回答する時間は1家族につき20分から30分になる。
----------------------------------------------------------------------------------------------------
2012年の人口と住宅の国勢調査票の質問には2001年のものから7つの新しい質問が含まれた物が使用される。調査されるのは、例えば、携帯を所持しているか、健康保険に参加しているか、などなど。
政府と国立統計院の関係者は新たな質問は必要ないとしたが、前回の調査を指揮したex-INEの代表のLuis Pereiraは7つの新たな質問を調査票に含めた。(翻訳に自信無し)
Pereira は昨日、政府関係者と共にPlazaホテルで開かれた2012年の国勢調査のワークショップに参加した。
Pereira によれば、新たな質問はより緻密で様々な分野の助けになる。:生年月日;身分証明の所持;RUN又はRIN;何らかの健康保険に入っているか;信仰宗教又は魂を信じるか;職場の場所;自信の最後の子供はまだ生きているか;携帯電話を所持しているか。
続きはご自身で。
En la boleta de preguntas que se empleará en el Censo de Población y Vivienda de 2012 se incluyó siete nuevas consultas con relación a la de 2001. Se indagará, por ejemplo, si la persona posee un teléfono celular y si cuenta con un seguro de salud, entre otros.
se empleará 使用される
la boleta 投票
Se indagará 調査する
posee 持つ
No obstante de que funcionarios de Gobierno y del Instituto Nacional de Estadística (INE) no precisaron qué nuevas consultas se harán, el ex director del INE Luis Pereira, quien dirigió el proceso censal de 2001, observó siete nuevas preguntas en la propuesta de boleta.
funcionarios de Gobierno 政府関係者
No obstante ~にもかかわらず、~しかしながら
precisaron 指摘した
Pereira participó ayer del taller La ruta del Censo 2012, realizado en el hotel Plaza, con representantes del Gobierno y de varias organizaciones.
De acuerdo con Pereira, las nuevas preguntas son más precisas y consultan sobre diferentes ámbitos: cuál es la fecha de su nacimiento; si tiene cédula de identidad, RUN o RIN; si está registrado en algún seguro de salud; cuál es su religión o creencia espiritual; en qué municipio se encuentra el establecimiento donde trabaja; si su último hijo nacido sigue vivo, y si dispone de un teléfono celular.
cédula ドキュメントの
----------------------------------------------------------------------------------------------------
Asimismo, explicó que algunas preguntas se disgregaron de otras que se hicieron en 2001, a fin de contar con más precisión en la información que se desea obtener. Así, por ejemplo, la consulta sobre migración no era muy precisa en el anterior proceso censal y ahora se la plantea de manera específica.
El responsable de cartografía del INE, Eduardo Aguirre, dijo que el Censo 2012 contabilizará el número de emigrantes bolivianos y los países en los que actualmente viven.
“El acápite de la emigración internacional se está incluyendo en las preguntas; no tenían cabida en el anterior censo (2001). Antes había migraciones internas, pero no externas como las hay ahora y esto se está tratando de medir”, dijo Aguirre a ABI.
Bolivia no dispone de estadísticas confiables que permitan dimensionar la magnitud de la emigración, aunque se calcula que unos dos millones de bolivianos viven fuera del país, principalmente en Argentina, España, Estados Unidos y Brasil.
La propuesta de boleta censal presentada ayer tiene 62 preguntas, las cuales están en proceso de socialización para ser mejoradas, por lo cual el número de éstas podría variar. En el Censo de 2001 se tenía 55 consultas, precisó el ex director del INE.
El INE organizó un cronograma de talleres a escala nacional para socializar y concertar las preguntas que incluirá la boleta del nuevo proceso censal, que se prevé realizar en el segundo semestre del próximo año.
De acuerdo con Aguirre, 217 mil personas trabajarán como empadronadores en el Censo 2012. Entre ellos estarán estudiantes de último año de secundaria de todos los colegios de Bolivia. Se estima que el tiempo de consulta por familia será de entre 20 a 30 minutos, y cada uno de los encuestadores deberá visitar 18 viviendas.
http://www.paginasiete.bo/2011-12-14/Sociedad/Destacados/34soc01-141211.aspx
Censo 2012 consultará tenencia de celular y de seguro de salud
2012年の国勢調査は携帯と健康保険の所持を質問
Se incluyeron siete nuevas preguntas con relación a 2001
La propuesta censal consta de 62 preguntas; en 2001 fueron 55. El tiempo para empadronar será de 20 a 30 minutos por familia, según cálculos del INE.
empadronar 国勢調査を書く
2001年の時と比べ7つの新しい質問が含まれる
国勢調査は62の質問で構成されている:2001年は55。INEの計算によると、国勢調査に回答する時間は1家族につき20分から30分になる。
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2012年の人口と住宅の国勢調査票の質問には2001年のものから7つの新しい質問が含まれた物が使用される。調査されるのは、例えば、携帯を所持しているか、健康保険に参加しているか、などなど。
政府と国立統計院の関係者は新たな質問は必要ないとしたが、前回の調査を指揮したex-INEの代表のLuis Pereiraは7つの新たな質問を調査票に含めた。(翻訳に自信無し)
Pereira は昨日、政府関係者と共にPlazaホテルで開かれた2012年の国勢調査のワークショップに参加した。
Pereira によれば、新たな質問はより緻密で様々な分野の助けになる。:生年月日;身分証明の所持;RUN又はRIN;何らかの健康保険に入っているか;信仰宗教又は魂を信じるか;職場の場所;自信の最後の子供はまだ生きているか;携帯電話を所持しているか。
続きはご自身で。
En la boleta de preguntas que se empleará en el Censo de Población y Vivienda de 2012 se incluyó siete nuevas consultas con relación a la de 2001. Se indagará, por ejemplo, si la persona posee un teléfono celular y si cuenta con un seguro de salud, entre otros.
se empleará 使用される
la boleta 投票
Se indagará 調査する
posee 持つ
No obstante de que funcionarios de Gobierno y del Instituto Nacional de Estadística (INE) no precisaron qué nuevas consultas se harán, el ex director del INE Luis Pereira, quien dirigió el proceso censal de 2001, observó siete nuevas preguntas en la propuesta de boleta.
funcionarios de Gobierno 政府関係者
No obstante ~にもかかわらず、~しかしながら
precisaron 指摘した
Pereira participó ayer del taller La ruta del Censo 2012, realizado en el hotel Plaza, con representantes del Gobierno y de varias organizaciones.
De acuerdo con Pereira, las nuevas preguntas son más precisas y consultan sobre diferentes ámbitos: cuál es la fecha de su nacimiento; si tiene cédula de identidad, RUN o RIN; si está registrado en algún seguro de salud; cuál es su religión o creencia espiritual; en qué municipio se encuentra el establecimiento donde trabaja; si su último hijo nacido sigue vivo, y si dispone de un teléfono celular.
cédula ドキュメントの
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Asimismo, explicó que algunas preguntas se disgregaron de otras que se hicieron en 2001, a fin de contar con más precisión en la información que se desea obtener. Así, por ejemplo, la consulta sobre migración no era muy precisa en el anterior proceso censal y ahora se la plantea de manera específica.
El responsable de cartografía del INE, Eduardo Aguirre, dijo que el Censo 2012 contabilizará el número de emigrantes bolivianos y los países en los que actualmente viven.
“El acápite de la emigración internacional se está incluyendo en las preguntas; no tenían cabida en el anterior censo (2001). Antes había migraciones internas, pero no externas como las hay ahora y esto se está tratando de medir”, dijo Aguirre a ABI.
Bolivia no dispone de estadísticas confiables que permitan dimensionar la magnitud de la emigración, aunque se calcula que unos dos millones de bolivianos viven fuera del país, principalmente en Argentina, España, Estados Unidos y Brasil.
La propuesta de boleta censal presentada ayer tiene 62 preguntas, las cuales están en proceso de socialización para ser mejoradas, por lo cual el número de éstas podría variar. En el Censo de 2001 se tenía 55 consultas, precisó el ex director del INE.
El INE organizó un cronograma de talleres a escala nacional para socializar y concertar las preguntas que incluirá la boleta del nuevo proceso censal, que se prevé realizar en el segundo semestre del próximo año.
De acuerdo con Aguirre, 217 mil personas trabajarán como empadronadores en el Censo 2012. Entre ellos estarán estudiantes de último año de secundaria de todos los colegios de Bolivia. Se estima que el tiempo de consulta por familia será de entre 20 a 30 minutos, y cada uno de los encuestadores deberá visitar 18 viviendas.
2011年11月28日月曜日
混血の無い国
日本で日本人を捕まえて血のルーツを聞けば、そのほとんどは日本国内だろう。
アメリカ人は移民がほとんどで、ルーツがわからない人もいる。あと200年もすれば、
マルチカルチャーが進み、更なる混血の国となっているだろう。
カナダやオーストラリアも似たようなものだろう。ヨーロッパも途上国からの
移民などで純血はどんどん減っていると思われる。
南米も侵略の歴史ありで、ヨーロッパから、たくさんの人が流れ込んでいる。
しかし、侵略から何百年も経っているのにここボリビアではインディヘナの純血が
今もまだ65%を越えているそうだ。
日本人には純血率が高い事を誇りに思っている人もいるだろう。日本人とは何か、
その文化を現し、唯一の保有者と感じられるからだと思う。ボリビア人からは純血に対し
それほど強い誇りはまだ感じられないが、根底には同じような感情が存在するのではないか。
確固たるインディヘナという混ざり気の無い人種が形成しているこの町に暮らすのは、
自分が何者であるのかという事を強く感じさせてくれる。こういった感情は、
混血の進んだ、人種的な壁が無くなりつつあるアメリカやカナダでは起こらなかった。
世界ってのは広い。
自分の知らない事が世界中にある。
たくさんの経験をさせてくれる協力隊に感謝。
アメリカ人は移民がほとんどで、ルーツがわからない人もいる。あと200年もすれば、
マルチカルチャーが進み、更なる混血の国となっているだろう。
カナダやオーストラリアも似たようなものだろう。ヨーロッパも途上国からの
移民などで純血はどんどん減っていると思われる。
南米も侵略の歴史ありで、ヨーロッパから、たくさんの人が流れ込んでいる。
しかし、侵略から何百年も経っているのにここボリビアではインディヘナの純血が
今もまだ65%を越えているそうだ。
日本人には純血率が高い事を誇りに思っている人もいるだろう。日本人とは何か、
その文化を現し、唯一の保有者と感じられるからだと思う。ボリビア人からは純血に対し
それほど強い誇りはまだ感じられないが、根底には同じような感情が存在するのではないか。
確固たるインディヘナという混ざり気の無い人種が形成しているこの町に暮らすのは、
自分が何者であるのかという事を強く感じさせてくれる。こういった感情は、
混血の進んだ、人種的な壁が無くなりつつあるアメリカやカナダでは起こらなかった。
世界ってのは広い。
自分の知らない事が世界中にある。
たくさんの経験をさせてくれる協力隊に感謝。
2011年11月7日月曜日
11月2日 死者の日 ( Día de Muertos )
Día de Muertosは日本のお盆に当たる行事。死者の霊が帰ってきます。
死者の日(wikipedia)
去年は町で一番大きな墓地へ行き、その雰囲気を味わってきましたが、
今年は最近私をイベントによく呼んでくれるボリビアの家族と共に過ごした。
彼らが言うには、このイベントはオルロが一番盛り上がり、ラパスやポトシでも
同じ習慣があるとの事。そして、サンタクルスやコチャバンバやタリハでは
この行事はやっていないそう。
家族の誰かが亡くなると、3年間、この日に親戚を集めて故人を思い出すそう。
最初の2年間は音楽は無く静かに、みんなで雑談をするだけのようだが、
3年目はガンガンに音楽をかけて、踊りまくってお祭り騒ぎをするらしい。
4年目からは何もしないそう。
私が懇意にしている家族の親族に去年亡くなった人がいて、今年は2回目の
死者の日を迎えていた。親戚がたくさん集まってくる。いっぱい自己紹介を
されるのだが、名前と親族の関係図はどうしても1度では覚えられない。
ボリビアは基本的に大ファミリー。
今の日本では仕出し屋があるので通常1食3000円から5000円の料理を注文して、
来てくれた親戚に振舞うのだろうが、ここにはそんなサービスは無く、
親戚の女性が集まって役割分担しながら料理をつくる。昭和初期の日本も、
たぶんそれが普通だったのではないかと思う。今は、見栄えの事もあるし、
仕出しの方が楽で安心できる。
こういうイベントではお酒がつきもの。今回もまた自分の限界にチャレンジする事に。
祭壇?死者を迎える飾り
主にパンで飾りつけ。それぞれのパンには意味があるそう。
法律に反しているのか、いないのか、94%のアルコール。日本でも買えるのかな?
上のアルコールをシナモンのお茶で割った飲み物。カイマンと呼ぶそう。
飲むサイズはこのサイズ。悪酔いするらしい。(じゃぁ、飲むなよって。)
キッチン。これは前夜で羊肉で何か作ってる様子。
名称は忘れた。パスタ、ジャガイモ、羊肉!
親戚。左のおばちゃんかわいい。
この国で、親戚の集まりがある時、赤ちゃんを見ないことは無い。
ボリビア人の赤ちゃんは無条件にかわいい。めっちゃかわいい。
ある種の防御本能なんだろうかというぐらいかわいい。
当日、お昼を作ってる様子。
お米をまず炒めて、にんにく混ぜて、ニンジン混ぜて、そして炊く。
お肉は骨の部分を斧で砕く!ちなみにリャマ肉
まるで大工さんのように!
料理作りながらでもビールを飲む!ほぼみんなお酒を飲む。
肉上がりました~
調理場の外では椅子を円状に並べて雑談。
結構スペイン語がんばってるんだけど、未だにちょっとしかしゃべれないと紹介される。まぁ、そうなんだけど。。。
この日は見ていただけでも、2ケースが消えた。よく飲むわ。
イベント後は飾ったパンやその他もろもろを全て来てくれた人に配っていく。
お願いしたらエケコ人形の顔をしたパンをくれた。
他にもチョリータのパンがあったりと、面白い。
コカも配られた。こちらの人は噛むのよね。食べ方に馴染めない。
みなさん普通に食べます。飲み込んじゃいけないらしいので後で吐き出す。
死者の日(wikipedia)
去年は町で一番大きな墓地へ行き、その雰囲気を味わってきましたが、
今年は最近私をイベントによく呼んでくれるボリビアの家族と共に過ごした。
彼らが言うには、このイベントはオルロが一番盛り上がり、ラパスやポトシでも
同じ習慣があるとの事。そして、サンタクルスやコチャバンバやタリハでは
この行事はやっていないそう。
家族の誰かが亡くなると、3年間、この日に親戚を集めて故人を思い出すそう。
最初の2年間は音楽は無く静かに、みんなで雑談をするだけのようだが、
3年目はガンガンに音楽をかけて、踊りまくってお祭り騒ぎをするらしい。
4年目からは何もしないそう。
私が懇意にしている家族の親族に去年亡くなった人がいて、今年は2回目の
死者の日を迎えていた。親戚がたくさん集まってくる。いっぱい自己紹介を
されるのだが、名前と親族の関係図はどうしても1度では覚えられない。
ボリビアは基本的に大ファミリー。
今の日本では仕出し屋があるので通常1食3000円から5000円の料理を注文して、
来てくれた親戚に振舞うのだろうが、ここにはそんなサービスは無く、
親戚の女性が集まって役割分担しながら料理をつくる。昭和初期の日本も、
たぶんそれが普通だったのではないかと思う。今は、見栄えの事もあるし、
仕出しの方が楽で安心できる。
こういうイベントではお酒がつきもの。今回もまた自分の限界にチャレンジする事に。
祭壇?死者を迎える飾り
主にパンで飾りつけ。それぞれのパンには意味があるそう。
法律に反しているのか、いないのか、94%のアルコール。日本でも買えるのかな?
上のアルコールをシナモンのお茶で割った飲み物。カイマンと呼ぶそう。
飲むサイズはこのサイズ。悪酔いするらしい。(じゃぁ、飲むなよって。)
キッチン。これは前夜で羊肉で何か作ってる様子。
名称は忘れた。パスタ、ジャガイモ、羊肉!
親戚。左のおばちゃんかわいい。
この国で、親戚の集まりがある時、赤ちゃんを見ないことは無い。
ボリビア人の赤ちゃんは無条件にかわいい。めっちゃかわいい。
ある種の防御本能なんだろうかというぐらいかわいい。
当日、お昼を作ってる様子。
お米をまず炒めて、にんにく混ぜて、ニンジン混ぜて、そして炊く。
お肉は骨の部分を斧で砕く!ちなみにリャマ肉
まるで大工さんのように!
料理作りながらでもビールを飲む!ほぼみんなお酒を飲む。
肉上がりました~
調理場の外では椅子を円状に並べて雑談。
結構スペイン語がんばってるんだけど、未だにちょっとしかしゃべれないと紹介される。まぁ、そうなんだけど。。。
この日は見ていただけでも、2ケースが消えた。よく飲むわ。
イベント後は飾ったパンやその他もろもろを全て来てくれた人に配っていく。
お願いしたらエケコ人形の顔をしたパンをくれた。
他にもチョリータのパンがあったりと、面白い。
コカも配られた。こちらの人は噛むのよね。食べ方に馴染めない。
みなさん普通に食べます。飲み込んじゃいけないらしいので後で吐き出す。
2011年11月5日土曜日
オーストリア人行方不明事件の真相
ラパスでは時々、外国人が事件に遭います。バックパッカーがとても多いので、
明るみに出ない事件もあるんじゃないかと。
今回、30歳のオーストリア人の足取りが掴めず、何かの事件に巻き込まれたか、
誘拐・拉致・殺害されたのではないかと、噂され始めていた。
このオーストリア人は9月18日にペルーからボリビアにバスで入国、19日に銀行から
お金を下ろしたところまで確認されていた。その後の足取りがプッツリと途絶えてしまい、
10月22日の新聞でニュースとなった。
10月22日の新聞 (オーストリア人旅行者が行方不明・足取りつかめず)
Un turista austriaco desapareció en Bolivia y no hay rastros de él
10月26日の新聞 (行方不明のオーストラリア人の両親がボリビアへ)
Los padres del austriaco que desapareció vendrán a Bolivia
10月27日の新聞 (不明の旅行者は行進には参加していなかった)
Turista perdido no estuvo en la marcha, dice el consulado
10月28日の新聞 (消えた旅行者は死亡者リストにもいない)
Turista desaparecido no está en ninguna lista de cadáveres
11月1日の新聞 (オーストリア人旅行者は生きていた。消えたのは愛を見つけたため。。。)
El turista austriaco está vivo, se perdió porque encontró el amor...
11月2日の新聞 (「息子は死んだものだと考えていた」)
“Pensamos que nuestro hijo Elmar estaba muerto”
このオーストリア人、1ヶ月以上も行方不明だったのだが、実はブラジル人女性と
恋に落ちて、両親との連絡を取るのも忘れてブラジルへ移動したそう。
陸路にてパンド県からブラジルに入り、その後ちゃっかりとオーストリアに帰ったそう。
お兄さんがラパスへと息子を探しに来た両親に連絡を入れ、真相が明らかになったとの事。
んー、なんとも間抜けなお話。事実は小説よりも奇なり。
ブラジル人女性との恋がどうなったのか気になるところ。
明るみに出ない事件もあるんじゃないかと。
今回、30歳のオーストリア人の足取りが掴めず、何かの事件に巻き込まれたか、
誘拐・拉致・殺害されたのではないかと、噂され始めていた。
このオーストリア人は9月18日にペルーからボリビアにバスで入国、19日に銀行から
お金を下ろしたところまで確認されていた。その後の足取りがプッツリと途絶えてしまい、
10月22日の新聞でニュースとなった。
10月22日の新聞 (オーストリア人旅行者が行方不明・足取りつかめず)
Un turista austriaco desapareció en Bolivia y no hay rastros de él
10月26日の新聞 (行方不明のオーストラリア人の両親がボリビアへ)
Los padres del austriaco que desapareció vendrán a Bolivia
10月27日の新聞 (不明の旅行者は行進には参加していなかった)
Turista perdido no estuvo en la marcha, dice el consulado
10月28日の新聞 (消えた旅行者は死亡者リストにもいない)
Turista desaparecido no está en ninguna lista de cadáveres
11月1日の新聞 (オーストリア人旅行者は生きていた。消えたのは愛を見つけたため。。。)
El turista austriaco está vivo, se perdió porque encontró el amor...
11月2日の新聞 (「息子は死んだものだと考えていた」)
“Pensamos que nuestro hijo Elmar estaba muerto”
このオーストリア人、1ヶ月以上も行方不明だったのだが、実はブラジル人女性と
恋に落ちて、両親との連絡を取るのも忘れてブラジルへ移動したそう。
陸路にてパンド県からブラジルに入り、その後ちゃっかりとオーストリアに帰ったそう。
お兄さんがラパスへと息子を探しに来た両親に連絡を入れ、真相が明らかになったとの事。
んー、なんとも間抜けなお話。事実は小説よりも奇なり。
ブラジル人女性との恋がどうなったのか気になるところ。
2011年11月3日木曜日
女友達は明らかに存在する、ボリビア
日本でほとんど女友達がいませんでした。
今はどうか知らないが、私が育ってきた日本では明らかに異性の友達というのは
あまり存在しないものだった。なんというか、付き合いってものは当然あるのだが、
友情が芽生えるような事は無いものだった。自分の悩みを聞いてもらってアドバイスを
してもらったり、面倒な頼みごとをお願いしたり、おもいっきりの気晴らしに遊びに行ったり、
そういったのは男友達とだけしかして来なかった。普段からつるむのも男ばかり。
女性は特別な日にしか登場しない。
ボリビアでは友達というカテゴリーに男女という区別は存在しない。存在していても、
社会的に大きな区別とはなっていない。なんというか、ボリビア人のグループに
入り始めてから感じるのは、男と女の接し方に違いがあまり無いというところ。
まるで、大学のサークル(想像)のように皆平等に接している。まぁ、男同士で
挨拶のベソをすることは無いので、習慣的にも違いはあるのだが。。。
年をとると、異性の友達というのは、更に遠い存在になりそうだが、
この国ではそういうこともない。彼氏ができようが、夫ができようが、
その前と変わらない。何も変わらない。それがボリビア。
育ってきた環境と違う場所に住むには、自分の中にある色々なものを壊すことになる。
そして、新しい出来事を取り込んで、また形あるものにする。
それは成長とも退化とも取れる行動で、楽しくもあったり、苦しくもあったりする。
何が面白いか、人それぞれ。
今のこの環境は、最高に面白いと、私は感じている。
今はどうか知らないが、私が育ってきた日本では明らかに異性の友達というのは
あまり存在しないものだった。なんというか、付き合いってものは当然あるのだが、
友情が芽生えるような事は無いものだった。自分の悩みを聞いてもらってアドバイスを
してもらったり、面倒な頼みごとをお願いしたり、おもいっきりの気晴らしに遊びに行ったり、
そういったのは男友達とだけしかして来なかった。普段からつるむのも男ばかり。
女性は特別な日にしか登場しない。
ボリビアでは友達というカテゴリーに男女という区別は存在しない。存在していても、
社会的に大きな区別とはなっていない。なんというか、ボリビア人のグループに
入り始めてから感じるのは、男と女の接し方に違いがあまり無いというところ。
まるで、大学のサークル(想像)のように皆平等に接している。まぁ、男同士で
挨拶のベソをすることは無いので、習慣的にも違いはあるのだが。。。
年をとると、異性の友達というのは、更に遠い存在になりそうだが、
この国ではそういうこともない。彼氏ができようが、夫ができようが、
その前と変わらない。何も変わらない。それがボリビア。
育ってきた環境と違う場所に住むには、自分の中にある色々なものを壊すことになる。
そして、新しい出来事を取り込んで、また形あるものにする。
それは成長とも退化とも取れる行動で、楽しくもあったり、苦しくもあったりする。
何が面白いか、人それぞれ。
今のこの環境は、最高に面白いと、私は感じている。
2011年11月2日水曜日
日本人ボランティアの最大のネック
ボリビアに来てから、この国には日本以外からも様々な援助が入っている事を知った。
身近でよく聞くのはスイスとドイツ。そしてスペインやアメリカからも来ているらしい。
私の職場にはスイスの統計局から二人の人間が派遣されている。30-40歳ぐらい。
私のように、単にコンピューターに詳しい人間ではなく、統計に詳しい人たちだ。
援助も統計局全体でサポートを行なっており、ビデオカンファレンスをインターネットで
行なっているようだ。
半年前にあるドイツ人グループとフットサルを行った。ボリビア人対ドイツ人で
私はボリビア人側に。結構ガチンコでかなり本気だった。ドイツ人は男女あわせて
8人ぐらいで、20-27歳ぐらいといったところだ。彼らは、ラパスの親のいない子供が
勉強している学校で働いている。この子供たちは学校の隣にある寮で暮らしており、
彼らもそこで暮らしている。
さて、彼らに共通して言えるのは、彼らの言語能力は日本人のそれをはるかに
上回っているということ。スペイン語を第二言語として扱えるようになるまでの期間は
はるかに短くて済む。組織としてもボランティアに言語を学ばせるための費用が
少ないので楽だ。
青年海外協力隊でも言語に長けてる人はいる。しかし、全体で考えると、その数は少ない。
派遣前の訓練のほとんどが語学なのもそれを表している。派遣国での訓練も含め、
合計3ヶ月ほどの語学訓練で話せるようになるレベルというのはたかが知れている。
任地で1年を過ぎても、言葉のキャッチボールをちゃんとできない人だっている。
日本人にとって他の言語を学ぶのがこんなに難しいものなのだろうかと思ってしまう。
同様にヨーロッパの人たちがアジアの言語が全く異なる地域で、ボランティアを
するのはとても難しい事なのかもしれない。
ボリビアではヨーロッパやアメリカからのボランティアが目立つ。同じアルファベットを
使って文字を書き、意味の似た言葉を扱う彼らには、コミュニケーションの問題で
活動が上手くいかないなんてことは無いだろう。日本人にとってはそれが一番の
問題になりうるのに。
隊員の中にはきっと、日本語と同じくらいスペイン語が最初から話せれば
すばらしい貢献ができたはずなのに、と思っている人もいるだろう。
せめて、アルファベットがもっと早く読めればいいんだけどね。
映画の字幕が読めるぐらいに。
身近でよく聞くのはスイスとドイツ。そしてスペインやアメリカからも来ているらしい。
私の職場にはスイスの統計局から二人の人間が派遣されている。30-40歳ぐらい。
私のように、単にコンピューターに詳しい人間ではなく、統計に詳しい人たちだ。
援助も統計局全体でサポートを行なっており、ビデオカンファレンスをインターネットで
行なっているようだ。
半年前にあるドイツ人グループとフットサルを行った。ボリビア人対ドイツ人で
私はボリビア人側に。結構ガチンコでかなり本気だった。ドイツ人は男女あわせて
8人ぐらいで、20-27歳ぐらいといったところだ。彼らは、ラパスの親のいない子供が
勉強している学校で働いている。この子供たちは学校の隣にある寮で暮らしており、
彼らもそこで暮らしている。
さて、彼らに共通して言えるのは、彼らの言語能力は日本人のそれをはるかに
上回っているということ。スペイン語を第二言語として扱えるようになるまでの期間は
はるかに短くて済む。組織としてもボランティアに言語を学ばせるための費用が
少ないので楽だ。
青年海外協力隊でも言語に長けてる人はいる。しかし、全体で考えると、その数は少ない。
派遣前の訓練のほとんどが語学なのもそれを表している。派遣国での訓練も含め、
合計3ヶ月ほどの語学訓練で話せるようになるレベルというのはたかが知れている。
任地で1年を過ぎても、言葉のキャッチボールをちゃんとできない人だっている。
日本人にとって他の言語を学ぶのがこんなに難しいものなのだろうかと思ってしまう。
同様にヨーロッパの人たちがアジアの言語が全く異なる地域で、ボランティアを
するのはとても難しい事なのかもしれない。
ボリビアではヨーロッパやアメリカからのボランティアが目立つ。同じアルファベットを
使って文字を書き、意味の似た言葉を扱う彼らには、コミュニケーションの問題で
活動が上手くいかないなんてことは無いだろう。日本人にとってはそれが一番の
問題になりうるのに。
隊員の中にはきっと、日本語と同じくらいスペイン語が最初から話せれば
すばらしい貢献ができたはずなのに、と思っている人もいるだろう。
せめて、アルファベットがもっと早く読めればいいんだけどね。
映画の字幕が読めるぐらいに。
2011年10月29日土曜日
国立統計院トップの誕生日
国立統計院のトップの誕生日があった。
部署の誰かの誕生日があれば、直ぐに分かる。イントラネットにアクセスすると、
誰かの誕生日であれば、それを知らせてくれるから。しかしながら、今日の
イントラネットには何も載っていなかった。
10時頃、A1二枚ほどの大きさの紙が我が部署のインフォルマティカに回ってきた。
トップにプレゼントする寄せ書きを作成するために、コーディネーターが紙を各部署へ
持ってまわる。200人ほどになる全ての人間が書く。書かない人は。。。
私はいつものように日本語で書いた。日本語は受けが良い。
10時半からほぼ全ての人が視聴室に集まり、トップの誕生日を祝う。
いつも通りサルテーニャを食べるのだが、視聴室に入りきらず廊下にまで溢れた
沢山の人達を見ていると、立食パーティのように賑やか。
トップが相当慕われているのか、それともこれがボリビア流なのか、
1人の誕生日のために1-2時間の仕事が止まる、トップの誕生日というのは、
きっと日本では受け入れられない行事だろうと思う。
日本ならばワンマン社長のゴリ押しイベント、下の者は顔色を伺いながらの
ご機嫌取りになりそうだ。しかし、ここはボリビア、雰囲気は普通。
午後からは普通の1日に戻った。
部署の誰かの誕生日があれば、直ぐに分かる。イントラネットにアクセスすると、
誰かの誕生日であれば、それを知らせてくれるから。しかしながら、今日の
イントラネットには何も載っていなかった。
10時頃、A1二枚ほどの大きさの紙が我が部署のインフォルマティカに回ってきた。
トップにプレゼントする寄せ書きを作成するために、コーディネーターが紙を各部署へ
持ってまわる。200人ほどになる全ての人間が書く。書かない人は。。。
私はいつものように日本語で書いた。日本語は受けが良い。
10時半からほぼ全ての人が視聴室に集まり、トップの誕生日を祝う。
いつも通りサルテーニャを食べるのだが、視聴室に入りきらず廊下にまで溢れた
沢山の人達を見ていると、立食パーティのように賑やか。
トップが相当慕われているのか、それともこれがボリビア流なのか、
1人の誕生日のために1-2時間の仕事が止まる、トップの誕生日というのは、
きっと日本では受け入れられない行事だろうと思う。
日本ならばワンマン社長のゴリ押しイベント、下の者は顔色を伺いながらの
ご機嫌取りになりそうだ。しかし、ここはボリビア、雰囲気は普通。
午後からは普通の1日に戻った。
2011年10月24日月曜日
笑いの根底。個人的に感じる日本との違い。
当然といえば当然だが、ボリビア人と日本人の笑いのツボは違う。
こちらに来てから感じるようになったのは、日本では用意された笑いがあるということ。
ゴールデンタイムにテレビのスイッチを入れると放映されているのはお笑い番組。
又は、視聴者を楽しませ、笑わせる番組が多数ある。たくさんの人が番組をみる。
ビートたけし、明石家さんま、とんねるず、ダウンタウン、たくさんの芸人たち、
日本人でこれらの名前を知らない人はほとんどいないだろう。
これらの芸人は人を笑わせるツボを抑えている。話題も様々。我々はいつしか、
彼らの笑いに慣らされ、自分たちもその笑いの上に身を置くようになっている。
彼らが提案している「笑い」を受け入れ、自分も同じ手法を使う。
笑わせられ方を学び、笑わせ方を学び、笑い方を学ぶ。
意識の共通があれば、例え笑わせるのが下手でも、その努力は見てもらえる。
ボリビアには国民全員が見ているようなお笑い番組はない。お笑い番組はあるが、
だいたいメキシコなど外国から来たもの。こちらの人はテレビを見るよりも
人とおしゃべりするほうが好きで、その中で絶えず笑いが生まれる。
話題はテレビ番組についてではなく、だいたい自分の身の回りについてだ。
きっと同じような話も多いのだろうが、あまり気にしていないように思う。
ボリビアには日本のように提案された笑いというのは存在しないが、
何故かほとんどの人はユーモアのセンスがある。そして、笑いのツボがあるらしく、
誰かが上手いこと言った後に、全員で同時に笑う。1時間も話していれば
全員で笑うのは20回ほどあるんじゃないだろうか。
(この笑いにはいつも取り残される。まだツボが理解できていない。。。)
私がボリビアに来た後、同僚たちすぐに私を笑わせようとした。顔を合わせると
いつもジョークを言ってくれる。それがボリビア流。笑いのベースは周りにいる人たち。
日本でもそういった感じはあるのだろうが、どちらかと言うと「お笑い」のプロが
用意した土台で、笑いを生もうとする人が多い気がする。
海外に住み始めると、日本のテレビ番組は見なくなる。見なくなると気にならなくなる。
現在どんな番組をやっているのか知らない。一生見れなくても別にかまわない。
一度見なくなると固執しなくなるらしい。
ただ、ちょっとまえに見せてもらったアメトーークは呼吸困難になるほど笑ったけどね。
諸見里がカミカミのやつ。死ぬほど笑った。
こちらに来てから感じるようになったのは、日本では用意された笑いがあるということ。
ゴールデンタイムにテレビのスイッチを入れると放映されているのはお笑い番組。
又は、視聴者を楽しませ、笑わせる番組が多数ある。たくさんの人が番組をみる。
ビートたけし、明石家さんま、とんねるず、ダウンタウン、たくさんの芸人たち、
日本人でこれらの名前を知らない人はほとんどいないだろう。
これらの芸人は人を笑わせるツボを抑えている。話題も様々。我々はいつしか、
彼らの笑いに慣らされ、自分たちもその笑いの上に身を置くようになっている。
彼らが提案している「笑い」を受け入れ、自分も同じ手法を使う。
笑わせられ方を学び、笑わせ方を学び、笑い方を学ぶ。
意識の共通があれば、例え笑わせるのが下手でも、その努力は見てもらえる。
ボリビアには国民全員が見ているようなお笑い番組はない。お笑い番組はあるが、
だいたいメキシコなど外国から来たもの。こちらの人はテレビを見るよりも
人とおしゃべりするほうが好きで、その中で絶えず笑いが生まれる。
話題はテレビ番組についてではなく、だいたい自分の身の回りについてだ。
きっと同じような話も多いのだろうが、あまり気にしていないように思う。
ボリビアには日本のように提案された笑いというのは存在しないが、
何故かほとんどの人はユーモアのセンスがある。そして、笑いのツボがあるらしく、
誰かが上手いこと言った後に、全員で同時に笑う。1時間も話していれば
全員で笑うのは20回ほどあるんじゃないだろうか。
(この笑いにはいつも取り残される。まだツボが理解できていない。。。)
私がボリビアに来た後、同僚たちすぐに私を笑わせようとした。顔を合わせると
いつもジョークを言ってくれる。それがボリビア流。笑いのベースは周りにいる人たち。
日本でもそういった感じはあるのだろうが、どちらかと言うと「お笑い」のプロが
用意した土台で、笑いを生もうとする人が多い気がする。
海外に住み始めると、日本のテレビ番組は見なくなる。見なくなると気にならなくなる。
現在どんな番組をやっているのか知らない。一生見れなくても別にかまわない。
一度見なくなると固執しなくなるらしい。
ただ、ちょっとまえに見せてもらったアメトーークは呼吸困難になるほど笑ったけどね。
諸見里がカミカミのやつ。死ぬほど笑った。
2011年10月19日水曜日
世界最高地のボウリング?ラパスにて
2週連続でボウリングに行ってきた。
先週は生まれてはじめてボウリングをするボリビア人と行ってきたので、
スペアとかストライクとか意識せず、スコアも気にしなかったのだが、
今週は日本人2人と行ったので頑張ってみた。
日本でボウリングといえば、時間は関係なく、1ゲームいくらが普通だと思う。
徳島でそうだったし、東京でもそうだった。そして1ゲーム400円~600円ぐらいだろう。
ラパスは時間制。30分単位で申し込む。30分で45ボリビアーノ(600円ぐらい)。
靴代が6ボリビアーノ(80円ぐらい)。ゲームを始めると画面に残り時間が表示され、
時間がくるとレーンの電源が落ちる。1人が1ゲームにかかる時間は約10分。
30分で3ゲーム出来ると考えると、日本より安いが、ボリビアの物価からすると、
高級な遊びになる。
(ボーリングが先進的で新しい遊びという感覚はいつぞやの日本にもあったんだろうな)
ラパスのどこかにはおじさんがピンを並べてくれるボウリング場もあるそうだが、
今回は日本のシステムと同じ。全自動、コンピュータ制御である。
南アフリカワールドカップの時に、高地ではボールへの空気抵抗少なく、
フリーキックは浮かび上がってしまう事が多いと話題になっていた。
ボウリングのボールは、特に影響を受けないようで、日本の感覚と変わらなかった。(余談)
この日は3人で1時間申し込み、2ゲーム行った。
そして、スコア 169、168 と、鬼結果が出た。ストライクはダブルまでしか出なかったが、
スペアが面白いように取れた。
このボウリング場に来ているのはほとんどが白人。そしてそれ以外の外人(私たちのような)。
ここに来ると、こんなに外人がいるんだなと驚く反面、格差社会というのを目の当たりにする。
また、育ってきた環境の中に無いものに馴染んでいく難しさもまた感じてしまう。
先週は生まれてはじめてボウリングをするボリビア人と行ってきたので、
スペアとかストライクとか意識せず、スコアも気にしなかったのだが、
今週は日本人2人と行ったので頑張ってみた。
日本でボウリングといえば、時間は関係なく、1ゲームいくらが普通だと思う。
徳島でそうだったし、東京でもそうだった。そして1ゲーム400円~600円ぐらいだろう。
ラパスは時間制。30分単位で申し込む。30分で45ボリビアーノ(600円ぐらい)。
靴代が6ボリビアーノ(80円ぐらい)。ゲームを始めると画面に残り時間が表示され、
時間がくるとレーンの電源が落ちる。1人が1ゲームにかかる時間は約10分。
30分で3ゲーム出来ると考えると、日本より安いが、ボリビアの物価からすると、
高級な遊びになる。
(ボーリングが先進的で新しい遊びという感覚はいつぞやの日本にもあったんだろうな)
ラパスのどこかにはおじさんがピンを並べてくれるボウリング場もあるそうだが、
今回は日本のシステムと同じ。全自動、コンピュータ制御である。
南アフリカワールドカップの時に、高地ではボールへの空気抵抗少なく、
フリーキックは浮かび上がってしまう事が多いと話題になっていた。
ボウリングのボールは、特に影響を受けないようで、日本の感覚と変わらなかった。(余談)
この日は3人で1時間申し込み、2ゲーム行った。
そして、スコア 169、168 と、鬼結果が出た。ストライクはダブルまでしか出なかったが、
スペアが面白いように取れた。
このボウリング場に来ているのはほとんどが白人。そしてそれ以外の外人(私たちのような)。
ここに来ると、こんなに外人がいるんだなと驚く反面、格差社会というのを目の当たりにする。
また、育ってきた環境の中に無いものに馴染んでいく難しさもまた感じてしまう。
2011年10月16日日曜日
GUERRA DE DANZAS BOLIVIANAS (ラパスで踊りの大会3)
大会から3週間、やっと書く気になった。
準決勝にコマを進めた我々は、大会に向けて毎日練習して望んだ。
その結果は散々なものだった。評価は軒並み低く、40点満点中18点。
他のチームが30-32点を獲得しているのを見る限り、我々のパフォーマンスは
余りにも酷いものだったということだ。
スペイン語がまだまだ弱いせいで、マイク越しに我々にコメントしている
批評家たちの言葉が聞き取れない。後から教えてもらった内容では、
散々にこき下ろしていたらしい。そして、チームの皆に堪えたコメントは
ある批評家が私に助言したこの言葉。
「Recomendo que cambie la fraternidad.」
「他のチームへ移籍する事を助言するわ」
当然、私は移籍することなど無いが、あるメンバーは本気か冗談かわからない
口調で、「チーム変わるの?」などと聞いてきた。
自分には何がそこまで評価を下げたのかがかわからない。踊りの経験が足りない。
スペイン語がわからない。TINKUを理解しきれていない。わからないから余計
虚しさと悔しさが込み上げてくる。
今回の大会はあっけなく終わってしまったが、またもっと小さな大会や
イベントの見世物としてどこかで踊る事もあるようだ。これからも少しずつ
TINKUを自分の中に溶け込ませていきたい。
ちなみに、TINKUとは現地語で「出会い」という意味。
私にとってTINKUとの出会いは忘れられないものとなっている。
(今回は動画を撮ってくれる人がいなかったので動画はありません。)
準決勝にコマを進めた我々は、大会に向けて毎日練習して望んだ。
その結果は散々なものだった。評価は軒並み低く、40点満点中18点。
他のチームが30-32点を獲得しているのを見る限り、我々のパフォーマンスは
余りにも酷いものだったということだ。
スペイン語がまだまだ弱いせいで、マイク越しに我々にコメントしている
批評家たちの言葉が聞き取れない。後から教えてもらった内容では、
散々にこき下ろしていたらしい。そして、チームの皆に堪えたコメントは
ある批評家が私に助言したこの言葉。
「Recomendo que cambie la fraternidad.」
「他のチームへ移籍する事を助言するわ」
当然、私は移籍することなど無いが、あるメンバーは本気か冗談かわからない
口調で、「チーム変わるの?」などと聞いてきた。
自分には何がそこまで評価を下げたのかがかわからない。踊りの経験が足りない。
スペイン語がわからない。TINKUを理解しきれていない。わからないから余計
虚しさと悔しさが込み上げてくる。
今回の大会はあっけなく終わってしまったが、またもっと小さな大会や
イベントの見世物としてどこかで踊る事もあるようだ。これからも少しずつ
TINKUを自分の中に溶け込ませていきたい。
ちなみに、TINKUとは現地語で「出会い」という意味。
私にとってTINKUとの出会いは忘れられないものとなっている。
(今回は動画を撮ってくれる人がいなかったので動画はありません。)
2011年9月17日土曜日
GUERRA DE DANZAS BOLIVIANAS (ラパスで踊りの大会2)
ども、またやって来ました、踊りの大会。前回は緊張しすぎて、
トイレに2回、頭ボーとして、踊りも間違えまくりでしたが、
今回はリベンジしてきましたよー。
前回と一緒で一番右側。今回はおもいっきり踊ったので、息が。。。
インタビュー受けたり。日本のどこから来たのか、ってだけだけど。徳島!、大阪の近くです。。。と返答。
今回は本当に良いダンスができました。
なんでも選考に残ったらしく、また2週間後にやるらしい。
優勝賞金が2万ボリビアーノ(約30万)とかでいらぬ皮算用している
メンバーもいたり。。。
日本人ということで踊りの後は毎回いじられます。
TINKU !!!
JIRAS !!!
Shoooooo !!!
トイレに2回、頭ボーとして、踊りも間違えまくりでしたが、
今回はリベンジしてきましたよー。
前回と一緒で一番右側。今回はおもいっきり踊ったので、息が。。。
インタビュー受けたり。日本のどこから来たのか、ってだけだけど。徳島!、大阪の近くです。。。と返答。
今回は本当に良いダンスができました。
なんでも選考に残ったらしく、また2週間後にやるらしい。
優勝賞金が2万ボリビアーノ(約30万)とかでいらぬ皮算用している
メンバーもいたり。。。
日本人ということで踊りの後は毎回いじられます。
TINKU !!!
JIRAS !!!
Shoooooo !!!
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